自己紹介というか

そういえば、自分の細かい経歴をここに書いた事が無かったかもしれない。

と思い、(掲載時期は別として)書いているのが新年というタイミングでもあるので、改めて自己紹介をさせていただきます。

KIN DA SHER ROCK(キンダシャーロック)という名前で活動しています。

今回は、時代が違えど、その人のスタート地点みたいな話も面白いかなと思い、昔話をしてみます。

キンダシャーロックの歴史(スタート地点)

高田馬場の男子高校に進学した僕は、中学の頃必死にやっていたバスケをあっさりやめ、クラスメイトで確か既にDJをやっていた町田のY君に渋谷や新宿のレコード屋に連れて行ってもらうようになり、夏休みの間には地元東村山や周辺の先輩達にくっついて渋谷や横浜や三宿や六本木…. 深夜のクラブイベントに行きまくり、そういう遊び方の楽しさに思い切りハマってしまいました。

同時期、中学の同級生M君が進学した先の高校のクラスメイトで「DJをやりたい」というA君がいて、僕がラップをやりたいというのを知っていたM君が僕とA君を引き合わせてくれました。

その場で意気投合し、互いの家が近いのもあってすぐに遊ぶようになり、レコードのインストを使って見よう見まねでライブの練習のようなことを始めました。

リリックのようなものをノートにこそこそと書き、照れながら披露し、2MC1DJという形式に憧れていた僕は前述のM君にも無理やりリリックを書かせ始め、3人組のグループを結成。

キンダシャーロックの歴史(ライブし始め)

秋には高校もあっさり辞め、アルバイトしながら通信制高校に入り直し、いよいよ時間を持て余し出し、家で昼間からDJの練習をして、リリックを書いて、の日々でした。

中学の先輩のダンサー達から誘ってもらい福生で人生初のライブを経験し、中学の同級生が通っていた高校の文化祭でライブをし….

とはいえそれ以外にそうそう呼んでもらえるものでもないので、当時流行っていた”高校生パーティー”を主催し、自分達で渋谷の”family”や池袋の”bed”を借りて友達を集めまくってライブやDJ、初心者だらけのフリースタイルバトルなんかもやっていました。

その頃の事って、何も残ってないようで、ハングリーさとか楽しみ方とかコミュニケーションとか、ちゃんと今の自分の基盤になっているんだな
としみじみ思います。

キンダシャーロックの歴史(2001年)

初めて経験した大きな転機は2001年。

1999年から始まったB-BOY PARK(という当時の日本のHIPHOP大感謝祭的なイベント)のMCバトルの記事を読み、2000年の決勝トーナメントの映像を見て、「なんか出来そうだな」と良い感じに思い込んだ僕は2001年の大会にエントリー。

HARLEMで行われた予選はおそらくくじ運も良くスルスルっと勝ち決勝トーナメントへ。

現在のO-EASTで行われた決勝トーナメントでもスルスルっと勝ち上がってフワフワっと決勝へ。

決勝では当時誰も勝てなかったKREVA氏に軽くあしらわれ敗退。

しかし、何の経験値も認知も無いまま大きな祭りに足を突っ込んでしまっただけの僕は一夜にしてシンデレラボーイとなり、その日から全てが始まったと言っても過言ではないし、いまだに「当時あそこで観てたよー」って言われる機会もたくさんあります。

今思えば、自分にとってはあまりにも早過ぎたというか、何の準備も出来ていなかった事が悔やまれるという一面もあるのですが、そこから、後のいろんな友達に出会い、後のいろんな作品のキッカケが生まれ、後の人生が始まった。という感じです。

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